« 睾丸痛(非細菌性慢性前立腺炎・慢性骨盤痛) 26才 | トップページ | 梨状筋症候群 »

ブルーイングリーン (マイルスディビス覚え書き1)

マイルスディビスの「カインドオブブルー」というアルバムの3曲目に<ブルーイングリーン> という、なんとも不思議で渋く美しい曲が入っている。

美しい静けさの中にとても繊細でスリリングな心地よい緊張感を感じる。
特にビルエヴァンスの耽美的なピアノのイントロの後のマイルスのミュートトランペットの出だしは本当にぞくぞくする。

何というか、ビルエヴァンスもマイルスも独特の間合いが素晴らしく、日本的な幽玄なワビサビ的世界を感じる。
たとえて言うなら茶の湯の世界みたいな・・・・・・・

静中に動あり、静寂・静謐の中になんともいえないスリリリングな緊張感と快感がある。
単純に綺麗な美しい曲・・・・・というだけではないのがこの曲だ。

美しい曲は世の中にたくさんあるが、これほど繊細な美しさと、ゾクゾクするような心地よい緊張感を同時に味わえる曲はあまり多くはないと思う。

マイルスの音楽はリリカルにとらえられる傾向がある。
この曲も一見そのように感じられやすいが、実際はそうではないと思う。

小川隆夫「マイルスディビスの真実」平凡社213ページに以下のようなマイルスのインタービューがある。
時期的には「ボギーとベス」を吹き込んだ頃(1958年)だから、ちょうど「カインドオブブルー」の時期でもある。

「俺の演奏をリリカルだとか言う奴がいるが、本質はそんなところにあるんじゃない。
穏やかな中にも躍動感は表現できる。
穏やかな音楽を穏やかに表現してみたってしょうがないだろう」

やはり一見リリカルに聞こえるが、緊張感のある音は計算されている物だった。

コルトレーンのサックスも2人とのコントラストが効いている。
コルトレーンのこの頃独立問題が噴出していて、「カインドオブブルー」の録音(1959年3月)と前後して、自分のバンドで「ジャイアンツ・ステップス」を録音している。(録音1959年4月と12月。リリースは1960年)

マイルスの曲にはブルーが付くことが多いが、ブルー(憂鬱)とかメランコリーというよりは実にクールだ。ブルーでも濃淡によって色々な感情や意味合いが出てくると思う。
また、マイルスにはダウランドのリュート曲のようなメランコリー感はない。

ジャズ史的にはマイルスがビバップからモードジャズに移行していく時期で、ジャズの中にモード演奏を完成させた歴史的傑作という評価が「カインドオブブルー」には与えられている。

このブルーイングリーンはマイルスのジャズの中でもかなり異質な曲に思える。
「カインドオブブルー」の中でさえも異質に感じる、聞けば聞くほど不思議な曲だ。
時代をも超越した普遍的な美しく不思議な音楽と思う。
ジャズとかクラシックとかのジャンルを遙かに超えている・・・・とも言える。
ジャズの枠の中に入りきらないし、クラシックの要素や東洋的な要素さえ取り入れているように思える。

マイルス研究家の小川隆夫氏は「マイルスディビスの真実」(平凡社)にて以下のように、このあたりの状況を要領よく整理している。

「それまでのマイルスは、黒人的な伝統に根ざしたサウンドを発展させることで、洗練された演奏を行おうと試みていた。しかし、エヴァンスと共演するようになって、彼はフランス印象派の音楽などにも興味を向け始め、自分の民族的なルーツを強調するため、その対照として西洋音楽の要素をも取り込んだのである。その成果ともいえる演奏が<ブルーイングリーン>や<フラメンコスケッチ>だ。」

カインドオブブルー収録の曲はマイルスの作曲、ということになっているが、ブルーイングリーンと5曲目のフラメンコスケッチはビルエヴァンスの原曲にヒントを得て作られた物、という事が一般的に知られている。

ビルエヴァンスはこの「カインドオブブルー」を吹き込んだ同じ年の暮れに」(1959年12月録音)、トリオ(エヴァンス、スコットラファロ、モティアン)で「ポートレイトインジャズ」というアルバムの中ににブルーイングリーンを録音している。

美しくて、それなりに素晴らしいのだが、ビルエヴァンスの原曲を聴いた後にマイルスの曲を聴くと、やはりマイルスはビルエヴァンスの原曲を元にしてさらに発展させた独自の世界を作ってしまったように思える。

マイルスディビス自叙伝(宝島社)によると
「あのレコードは、この時だけの参加が決まっていたビルエヴァンスを中心に考えて作った物だ。
(注:録音は1959年3月だが前の年の11月にビルエヴァンスは、ドラッグを理由に、マイルスグループをクビになっているが、この作品の録音企画はクビになる以前から企画されていた物らしい)

オールブルースとソーホワットで俺がやろうとしたことは失敗だった。

この音楽はコンセプトも何もかもすべて俺のアイデアだった。ビルが俺に与えた影響といえばこのレコードの録音以前に、俺の目を何人かのクラシックの作曲家に向けさせたことだけだ。そして確かに俺は連中から影響を受けた。だがカインドオブブルーは別だ。そもそも、ビルが初めてスケッチを見たのは他のメンバーと同じように、俺がスタジオで渡したときだ。それに俺たちは、リハーサルだってしていなかったんだ。(中略)
カインドオブブルーではビルにマイナーなモードを弾かせた。奴はなにか新しいことを始めても、それを最後まで成し遂げ、その上さらに進んだものを付け加えるタイプのピアニストだった。潜在的にわかっていることではあったが、それが全員の演奏に効果的な、ちょっとした緊張感を生み出していた。俺とビルはラベルの<左手とオーケストラのための協奏曲>とラスマニノフの<協奏曲4番>に凝っていたから、これらの要素もすべて、あのレコードのどこかに含まれているはずだ。」

ビル・エヴァンスがマイルスのバンドに加わったのは1958年4月から11月の短い間。
「マイルス&モンク・アットニューポート」「ジャズアットザプラザVol1」「1958Miles」などライブ、オムニバスの編集されたアルバムが残されているが、正式なスタジオ録音は実はこのアルバム「カインドオブブルー」だけ。
しかも一旦クビにしたエヴァンスをわざわざ再び呼び寄せて作ったという異例の展開。
そして見事に2人の個性が融合・昇華して、ジャズの歴史上でも屈指の名盤となった、ということだ。それもこのブルーイングリーンという傑作があったからだろう。

それにしても、この曲を最初に評価した人は偉い!!!
正直言って、自分は中々この曲の良さに気がつかなかった。

また、東洋的なものへの関心と言うことでいえば、また、エヴァンスも兵役を除隊後の1954年頃には禅や哲学関連の本を相当読んでいたらしい。また、「カインドオブブルー」のジャケット裏に、墨絵を引き合いに出した、「ジャズにおける即興演奏」という文章を書いている。

マイルスの東洋への関心はマイルス自叙伝(339ページ)に以下の記述がある。
時期的には1956年マイルスアヘッドを吹き込む頃である。
「新しいバンドでやる音楽はをもっと自由で、モードに基づき、アフリカ的か東洋的で、西洋的要素の少ないものにしようと考えていた。バンドの全員が自分自身を越えることも期待していた」

やはり、自分がこの曲を聴いて、「東洋的な侘び寂びの世界」を感じたことは間違っていなかった。

カインドオブブルーを録音した後はマイルスとビルエヴァンスは一緒のアルバムは制作していない。ビルエヴァンスはこの後自分のバンドを編成して、繊細なリリシズム、内省的な独特な演奏スタイルで活躍して、ジャズ界の巨人の1人となってくことになる

ビルエヴァンはクラシックの素養があるし造詣が深い。
前屈みの演奏スタイルや哲学的な所などグレングールドを連想してしまう。
グールドが3才年上でほぼ同世代で、深い交流はなかったようだが、グールドは実際に数枚のエヴァンスのアルバムを所有していたらしい。
ビルエヴァンスはドラッグ依存、グールドも鎮痛剤、安定剤や抗生物質の常用など薬物依存症であったことも似ている。


1. ソー・ホワット    
2. フレディ・フリーローダー   
3. ブルー・イン・グリーン   
4. オール・ブルース 
5. フラメンコ・スケッチ    
6. フラメンコ・スケッチ(別テイク)

マイルス・デイヴィス - トランペット
ジョン・コルトレーン - テナー・サックス
キャノンボール・アダレイ - アルト・サックス(on1.,2.,4.,5.,6.)
ビル・エヴァンス - ピアノ(on1.,3.,4.,5.,6.)
ウィントン・ケリー - ピアノ(on2.)
ポール・チェンバース - ベース
ジミー・コブ - ドラム


横浜市戸塚鍼灸院

« 睾丸痛(非細菌性慢性前立腺炎・慢性骨盤痛) 26才 | トップページ | 梨状筋症候群 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 睾丸痛(非細菌性慢性前立腺炎・慢性骨盤痛) 26才 | トップページ | 梨状筋症候群 »