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アーマッドジャマル(マイルス覚え書き3)

アーマッドジャマルって知らない人も多いが・・・・・・

マイルスの熱心なファンであれば必ず知っているピアニストで、マイルスと共演する事こそ無かったが、マイルスに影響を与え、マイルスが敬意を払っていた。

1930年生まれだからマイルスよりも4つ下。ピッツバーグ出身。
1951年10月録音の「ザスリーストリングス」でレコードデビュー。
最初のヒットは「チェンバーズミュージックオブザニュージャズ」(55年)
主にシカゴのパーシングホテル内のパーシングラウンジのハウスバンドに主にトリオとしてとして長期出演。
同ラウンジでライブ録音された「バットノットフォーミー」(58年)1月録音)が大ヒットし、パーシングラウンジはシカゴの名所になり、ツアーでシカゴを訪れたミュージシャンのたまり場のようになったという。

一部からはラウンジピアニストとかカクテルピアノ、とか揶揄されていたらしいが、耳の肥えたプロ演奏家からは注目されていた。

マイルスもその一人でマイルスがジャマルのレコードを聴いたり演奏に接したのは1953年あたりかららしい。

以下はマイルスのジャマルに対する発言。(マイルスデイビス自叙伝より)

「間に対するコンセプト、タッチの軽さ、控えめな表現、音符や和声や楽節のアプローチに一発で虜になってしまった。(中略)叙情性やピアノの奏法、グループのアンサンブルの重ね方なんかも俺の好みにぴったりだった」

「アーマッドジャマルの間の使い方を学ぶべきだ。彼は聞き手がリズムセクションを感じるように、リズムセクションが聴き手を感じるように、間を解き放つ。だから狭苦しい感じがしない。アーマッドは俺の大好きなピアニストだ」

また、マイルスはジャマルがピアノを弾いているすぐ横に立ち、じっとジャマルの手元を見続けていた、らしい。

55年8月、マイルスがレギュラークインテットを組織する前に一緒にレコーディングしたピアニストのレイブライアントの発言。
「マイルスはアーマッドジャマルのプレイに熱心で、私にも間を生かしたスインギーなプレイをするように言っていた。細かいリズムについては何も言わなかったが、スイングしてブルージーにピアノを弾いて欲しいと言われたことは覚えている」

注*以下のアルバムだろう。
MILES DAVIS/MILES DAVIS and MILT JAKSON (1955/prestige)
マイルス・デイビス(tp)ミルト・ジャクソン(vib)ジャッキー・マクリーン(as)レイ・ブライアント(p)パーシー・ヒース(b)アート・テイラー(ds)

マイルスは最初のレギュラークインテットを組織するときにジャマルを誘ったが、ジャマルはシカゴを離れたくない、という理由でこれを断っている。
結局ピアニストはレッドガーランドになったが、レッドガーランドにもジャマルのレコードを聴くように指示していたという。

「彼には、アーマッドのような旋律的な控え目さと軽さがある」と、レッドガーランドをジャマル的なピアニストとして評価している。

ただし、アーマッドジャマルがマイルスに影響を与えたことは事実だが、マイルス自身はアーマッドジャマルを聴くずっと前からこんなフィーリングを好んで、自分でも演奏していた。
マイルスがジャマルに共鳴し、マイルス自身を自分自身がやっている音楽に改めて目を向けさせたことで、バンド全体,特にリズムセクションにジャマル的なサウンドを要求していくようになったようだ。

また、マイルスとギルエヴァンスは、ジャマルの初期の作品「ニュールンバ」と「メドレー」をビッッグバンド用に採譜して<マイルスアヘッド>に収めている。
(ジャマルは常にオーケストラ的に考える訓練を積んでいたらしく、自分のトリオと他のトリオの違いはこの点にある、と述べている。)

このジャマルへの傾倒は、中山康樹「マイルスディビス 青の時代」によると、カインドオブブルーの直前で途切れることになる、という。

マイルスの自叙伝では以下のように言っている。
「レッドはアーマッドジャマルのように弾くときが一番だった。ビルも少しはアーマッド的な演奏ができたが、ヤツがそうやると、すこしうるさくなってしまったものだ」

確かにビルエヴァンスはスウィンギーな演奏が苦手なピアニストだ..

ピアノがビルエヴァンスに変わった時点で、バンドのサウンドが以前とは大きく異なっている。この時点でジャマル的なスタイルから決別したと言うことなのだろう。

50年代後半頃のマイルスのアルバムには、以下のジャマルが好んで演奏していた曲をマイルスも気に入って取り上げている。

<飾りのついた四輪馬車>    ステーミン1曲目

<ジャスト・スクイーズ・ミー>  ザ・ニュー・マイルスデイビス・クインテット1曲目

<マイ・ファニー・バレンタイン>    クッキン1曲目

<アイ・ドント・ウォナ・ビー・キスト > マイルス・アヘッド10曲目

<ビリーボーイ>          マイルストーン  5曲目 (マイルス抜きのトリオ演奏)

<ア・ギャル・イン・キャリコ >        ザ・ミュージングス・オブ・マイルス  4曲目

<ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン>  ザ・ミュージングス・オブ・マイルス  1曲目

<バット・ノット・フォー・ミー>        バグス・グルーヴ  5,7曲目

<オールオブユー>       ラウンドアバウトミッドナイト 3曲目

<オン・グリーン・ドルフィン・ストリート >    1958マイルス  1曲目

<枯葉 >               サムシングエルス 1曲目
                   マイルスインベルリン 2曲目

<ラブ・フォー・セイル>       サムシングエルス 2曲目

<ザ・マン・アイ・ラブ >  マイルス・デイビス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ 
                                                     1,5曲目

<アーマッズ・ブルース>(ジャマルのオリジナル) ワーキンの6曲目
                                                             (マイルス抜きのトリオ演奏)

<ニュールンバ> (ジャマルの)オリジナル)   マイルス・アヘッド 7曲目

このうちの<ザ・ミュージングス・オブ・マイルス>は、オリジナルクインテット結成直前に吹き込んだアルバム。マイルス自身、「ジャマルからの影響がもろに出ている」という1枚。
珍しく、マイルスのみのワンホーン作品。
録音場所:1955年6月7日、ニュージャージーにて録音
パーソネル:マイルス・デイヴィス(tp) レッド・ガーランド(p) オスカー・ペティフォード(b) フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)
1. ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン    
2. アイ・シー・ユア・フェイス・ビフォア・ミー   
3. アイ・ディドント    
4. ア・ギャル・イン・キャリコ   
5. チュニジアの夜    
6. グリーン・ヘイズ   

横浜市戸塚鍼灸院

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