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死者の書

チベットの死者の書、エジプトの死者の書とか色々あるが、今回は折口信夫の小説。
中心の舞台は奈良の二上山と麓の当麻寺。

二上山に葬られた大津皇子の魂が、約50年を経て洞窟の中でよみがえる場面から始まり、当麻寺に伝わる中将姫伝説のお話が複雑に絡み合っていく。
折口の古代信仰などの研究のエッセンスを凝縮し昇華させた物であるらしい。

大津皇子は天武天皇の息子だが謀反の疑いで処刑され二上山に葬られた人物

実は大好きな仏像である、奈良の薬師寺聖観音像のモデルになっているのが、この大津皇子、という説もあるらしい。

二上山は夕日の沈む西の方角に浄土を観る浄土信仰の重要な場所。
春分・秋分の時は三輪山から見るとちょうど二上山の二つの峰の真ん中に夕日が沈んでいく。

当麻寺も一度行ったことがあるし、三輪の元伊勢・桧原神社から、沈む夕日を感慨を持って観たこともある。

血の道の民間薬として有名な中将湯は中将姫を一時期かくまったご縁で、創業者・津村家のご先祖に伝えられたという伝説から作られた処方。

金字塔とか傑作とか、非常に評価が高い作品ではあるのだが、なんせ難しい小説なので一度ざっと読んだだけで放り出してある。

古代語のような文体で、しかも場面が時間と空間を越えてあっち行ったりこっち行ったりする。

歴史的な背景もあまり詳しくはないし・・・・・・

正直言って、一度読んだくらいではよく分からん・・・・・・・・・

安心?な事にほとんどの人が同じ感想のようだ。

今回、死者の書、全編通して五回に分けて朗読劇?として上演する、ということだそうだ。

パンフから抜粋すると、

「「ものがたる」ことを、俳優(わざおぎ)の始原的な行為として捉えて、身一つで、声、言葉の響きそのもので、何もない空間を劇世界へと織り上げていく。”
という、語りの名手であった俳優、故・関弘子の流れをくむ演劇集団“すずしろ”

そして、『源氏物語』や『平家物語』、近松門左衛門などを「物語る演劇」として、語りつつ演じる作品を創ってきた演出家の笠井賢一。」

両者で、2014年に一度上演したそうだが、来年もっと磨きをかけ、新たな作品として再上演する、そうだ。

その前段階として今回、全編朗読して、改めて作品を見つめ直す、ということらしい。

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今回は、白い衣装の女性三人による「語り」であった。

単なる朗読者というよりは古代の語り部を目指してる・・・・・ようだ。
(将に舞踏やダンスとは対極の世界。)

確かに「語り」は演技者、俳優の最も大切な、原点である要素だ。

三人が交互に役を変えながら死者の書1-5章を表情豊かに語っていく。

古代の情景が観客の想像力を刺激して古代の情景がありありと浮かんでくる。
朗読劇?語り?・・・・・大変表現力・表情豊かで新鮮な体験であった。

文字で伝える事ができない時代はこういった語り部によって神話や歴史が語り伝えられてきた。

古今東西、古事記にしても日本書紀にしてもホメロスのイリアス、オデッセウスも語り部達によって語り伝えられてきたわけだ。

その話芸は伝統芸能として脈々と伝えられてきたと思うが、ラジオの時代を過ぎて、テレビなどの映像の時代になってきてからはやや下火になってきているのかもしれない。

山折哲雄さんがこういうことを言っている。
「中世というのは洋の東西を問わずに聴覚の時代だった。それが近代になって視覚の時代になっていった。
聴覚の時代、神とか仏とかは見るものでは無く、その声を聴くものだった。」

神を降ろしてその言葉を語るのも語り部の役目、怨霊の鎮魂にも言霊が重要である。

この演劇集団”すずしろ”さん、こういう伝統の「語り」を掘り下げて追求している貴重な存在なのだろう。

あらためて再確認したが、朗読のように耳だけで聞くことは非常に想像力を刺激する。
そしてそのことによって脳の活性化にも繋がる。

実際にテレビを漠然と見ているだけでは脳はあまり活性化していないそうだ。

また、丹田から大きな声を出す読経や祝詞の奏上、そしてこの朗読も、東洋医学の観点では肺や腎の強化になる。

音色とか声色という言葉があるように音・声には色彩があるとも言える。
そして人の声には色気もある・・・・・と思う。

今回は女性3人の出演と言うことで全てを女性の声で演じたが、

原作では男性の役柄である、

行者が魂を呼び寄せる   「こう  こう  こう 」や
大津皇子が目覚めていく時の声  「を々う・・・・・」

という言葉はやはり男性の声で聞きたかった。
その方が朗読劇・音楽詩劇としての色彩が豊かになると思う。

「こう  こう  こう 」の部分は呪術だし、やはりそれなりの迫力が欲しい。

(次の本舞台の時は男性も参加すると言うことであったから、それも楽しみだ)

この機会に折口のこの小説をじっくり読み返してみたい。
良いきっかけになったと思う。

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思いがけず最後はお酒やおつまみが振る舞われ、歓談の場が用意された。

さすがに食べ物のセンスが良いのに改めて脱帽。

蒸して塩味付けただけ、というゆり根が多くの人に絶賛されていた。
(下の写真の左端の上)



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笠井さんともご挨拶がてら少し言葉を交わし、ネキア関連ののDVDをお借りすることができた。
帰宅してからBS放送のドキュメンタリーのDVDを見たら、これが面白くて深夜の1時半まで見てしまった。

 

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