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ラウンド・アバウト・ミッドナイト(マイルス覚え書き2)

マイルス・ディビスがジョンコルトレーンを加えた自分名義のバンドを編成し、マイルスの出世作となった記念碑的なアルバム。

1955年当時、マイルスはメンバーが固定した自分のバンドを持っていなかった。
そして契約していたのもプレスティッジというマイナーなレーベルだった。

1955年にマイルスは大手のコロンビアと契約し同時に自分自身のファーストクインテットを結成する。マイルスは当時新進気鋭で売り出し中、一方コルトレーンの方はまだペーペー状態だった。
ちなみにマイルスもコルトレーンも1926年生まれの同年齢。コルトレーンはこのマイルスのバンドで大きく成長していくことになる。

この年(1955年)の7月に出演したニューポートジャズフェステイバルのにおいて、マイルスはセロニアスモンク、などと急遽出演し、そのときに演奏したラウンドミッドナイトが大変な評判になったらしい。
そして、メジャーのコロンビアとの契約が行われ、最初にコロンビアから出したのがこの「ラウンドアバウトミッドナイト」というアルバム。
(録音は55年10月26日と56年9月10日。発売は1956年。
2001年の再発CDでは、同じレコーディング・セッションで演奏されたボーナス・トラックを4曲追加している。)

但しプレステッジとの契約が残っていたために、消化するために新メンバーで行った1956年5月と10月のマラソンセッションは、ワーキン、スティーミン、リラクシン、クッキンの4枚のアルバムにまとめられ、どれもが素晴らしい出来の歴史的名盤と言われている。

また、ニュークインテットでコロンビアから「ラウンドアバウトミッドナイト」を出す前に、コロンビアのニュークインテットの初録音(1955年10月26日)から3週間後の1955年11月16日にプレスティッジで録音した音源を「ザ・ニュー・マイルスデイビス・クインテット」というアルバムを出している。
このアルバムがニュークインテットで初めて発売されたアルバムではあるが、初めての録音ではない(初めての録音はは3W前のコロンビアになる。)

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この時のメンバーはファースト・クインテットとか(第一次)黄金クインテットとか呼ばれる。
マイルス・デイヴィス - トランペット
ジョン・コルトレーン - テナー・サックス
レッド・ガーランド - ピアノ
ポール・チェンバース - ベース
フィリー・ジョー・ジョーンズ - ドラム

このアルバムのタイトル曲であり1曲目に入っている「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」は、
この時期のマイルスの代表作と言っても良い。(4曲目のバイバイブラックバードやクッキンに収録されているマイファニーバレンタインも秀逸。)

元々はセロニアス・モンクの作曲で、ジニアス・オブ・モダンミュージックVOL.1」というアルバムに収録されている(録音は1947年11月)。
(他に数種類の録音がある。)

セロニアス・モンクの演奏は本当に風変わりだ。
オリジナルのモンクが演奏するラウンドミッドナイトも何とも独特の素っ頓狂なリズムと、間合い・・・・・・・・・。
モンクのオリジナル曲よりカバーしたマイルスの演奏の方がより魅力的な作品になっていった故にアルバムのタイトルになったようだ。

収録曲
1.ラウンド・アバウト・ミッドナイト 'Round About Midnight (T.モンク、B. Hanighen、C. ウィリアムズ)
2.アー・リュー・チャ Ah-Leu-Cha (C. パーカー)
3.オール・オブ・ユー All Of You (C. ポーター)
4.バイ・バイ・ブラックバード Bye Bye Blackbird (M. ディクソン、R. ヘンダーソン)
5.タッズ・デライト Tadd's Delight (T. ダメロン)
6.ディア・オールド・ストックホルム Dear Old Stockholm (Traditional; アレンジ:S. ゲッツ)
ボーナス・トラックとして
7.トゥー・ベース・ヒット Two Bass Hit (J. ルイス、D. ガレスピー)
8.リトル・メロネー Little Melonae (J. マクリーン)
9.バッドオー Budo (B. マウエル、M. デイヴィス)
10..スウィート・スー、ジャスト・ユー Sweet Sue, Just You (W. J. ハリス、V. ヤング)
録音は
2,7,8,9が1955.10.26
4,5,6が1956.6.5
1,3,10が1956.9.10

4曲目のバイ・バイ・ブラックバード元々1926年にそこそこヒットした歌らしい。
マイルスがこの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」で取り上げたことがきっかけとなってジャズのスタンダード・ソングとして広く親しまれるようになった。
自分はスーザンオズボーンの歌で聞いたことがある。

50年代にマイルスはこの録音も含めて3回「ラウンド・ミッドナイト」を録音している。

1番最初はプレスティッジの1953年1月30日の録音で1956年末に「コレクターズアイテムズ」というアルバムとしてリリースされている。このときはソニーロリンズとチャーリーパーカーが参加してコルトレーンは加わっていない。マイルスもミュートではなくてオープントランペットを吹いている。

2番目はこのアルバムに収録されている「ラウンドアバウトミッドナイト」1956年9月10日

3番目は同じメンバー、同じアレンジでプレスティッジのマラソンセッションで1956年10月26日に録音されている。この録音は1959年発売の「マイルスディビス・アンド・ザ・モダンジャズジャイアンツ」に含まれている

追記  
「ルグランジャズ」(1958年)の9曲目にも「ラウンドアバウトミッドナイト」が入っていました。
マイルス・デイヴィス(トランペット) ジョン・コルトレーン(テナーサックス)
 ビル・エヴァンス(ピアノ) ドナルド・バード(トランペット)
 フィル・ウッズ(アルト・サックス) ベン・ウェブスター(テナーサックス)
 ハンク・ジョーンズ(ピアノ) ポール・チェンバース(ベース)
 ハービー・マン(フルート)・・・・等

この時期のマイルスは絶好調の時期で、抑制の効いたマイルスのミュートトランペットの静に大してコルトレーンのパワフルな動のテナーサックスとのコントラストがこのバンドの売りとなる。

この時期のマイルスの音に対して、
「卵の殻の上を歩いているよう」
「アラスカでひとりぼっちにされたような孤独感」(サックス奏者・ジャッキーマクリーン)
「リリカルの極限、極致」

などの賛辞が贈られ、この頃から「ジャズ界の帝王」と評価されていく。

コルトレーンは1957年春に麻薬問題のためにドラマーのフィリージョージョンズと共にこのマイルスのバンドを一旦退団するが暮れに再び参加することになる。

コルトレーンは麻薬を断ち、セロニアスモンクのライブとレコーディングに参加して大きく成長する。
この時期の録音は<ヒムセルフ><モンクスミュージック><セロニアスモンク・ウィズ・コルトレーン>で聞く事ができる。

マイルスがプレスティッジで録音した四部作は、一年おきに小出しに発売された。
従ってコルトレーンのこの時期の成長を聞き比べるなら、録音時期と発売時期に注意が必要になる。
簡単に書くとクッキンが全曲1956年11月の新しい時期の吹き込みで発売は1957年。
スティーミンが6曲中5曲が1956年5月の古い時期の吹き込みで発売は1961年とかなり遅い時期になっている。これはカインドオブブルーよりも遅い時期の発売になる。

この四部作にはそれぞれ良いバラード曲が配置されている。
割と気に入っているのは

リラクシンの
1. イフ・アイ・ワー・ア・ベル   
2. ユーア・マイ・エヴリシング

ワーキンの
1. イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド   
3. イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ

スティーミンの
1. 飾りのついた四輪馬車 
3. サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト 
6. ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ 

クッキンの
1.マイファニーバレンタイン

一方マイルスはこの後、ギルエヴァンスの編曲によるオーケストラ編成の「マイルスアヘッド」(ボギーとベス、スケッチオブスペインに繋がる)で印象派的な音楽に取り組んだり、
フランスでロジェバディム監督の死刑台のエレベーターという映画の音楽を担当する。

そしてこの後はキャノンボールアダレイを加えた6人編成による「マイルストーン」(58年2月3月録音)を発表して徐々にモード演奏の方に移行していき、そして1959年3月と4月に録音されたのがビルエヴァンスが加わった傑作の「カインドオブブルー」だ。

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