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現代能 藤戸

平安末期の源平:藤戸合戦を題材にした能を現代語で描いた劇「藤戸」

能と謳ってあるからには、公演の場所は青山の能楽堂。

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主演は李麗仙さん、そして新宿梁山泊の役者さん3名。

李麗仙さんは大鶴義丹の母親、そして劇作家・唐十郎の元妻である。
かつてはアングラの女王とも呼ばれ、,唐十郎率いる状況劇場の花形役者であっった。

昔、全盛期の状況劇場・赤テントで見た李麗仙(当時は李礼仙)さんを、40年後にこういう能楽堂で観る事になるとは思いもしてなかった。

将に時空を越えた不思議な感覚である。

能楽堂には時空を越えて怨霊や亡霊が現れる。
李麗仙さん、怨霊の役も似合いそうだが、残念ながら(?)今回は怨霊役ではない。
殺された漁師の母親役である。

演出は能楽プロデューサーの笠井賢一さん。
実は笠井さんは昔随分とお世話になった方で、今回お会いしたのはなんと35年ぶりになる。

昔、赤テントの芝居に最初に連れて行ってくれたのも実は笠井さんであった。
まだ麿さんや四谷シモンも在籍していた頃で、彼らの特権的肉体の存在感は鮮烈だった。

さて、今回の公演、現代能ということで非常にシンプル、密度が高く新鮮であった。

・登場人物はたった4人(その他楽士3人が舞台上に上がっている)。

・新作能ではないので能面は付けず直面。

・謡いもなく現代語劇。

・前シテ、後シテのような一人二役はない。

・特に大道具は無し

・能の題材を素材にしてあるが最後の結末だけは大胆な変更を加えてある。

・公演の時間は終わって時計を見るとほぼ一時間。

「無駄な部分を引き算していくのが能」という様な意味の文章を見たことがあるが、将に無駄がなく凝縮された質の高い時空間であった。

李麗仙さんも円熟した味で息子を殺された母親役を激しく、そして可憐に好演。
漁師の怨霊役の宇佐見雅司さんもなかなかの迫力で、自分が殺された場面を能の所作を交えて熱演。

本来の能「藤戸」のストーリーの概要は

「源頼朝の家臣・佐々木盛綱(ワキ)が、馬で海を渡り手柄を立てた功績として備前国児島を賜り、現地に赴く。そこへ老女(シテ)が現れ、わが子を波に沈めたことの恨み言を言いに来たと言う。盛綱ははじめはとぼけるが、やがて観念し、その詳細を語って聞かせる。実は馬で海を渡り手柄を立てる事が出来たのは、この土地の男から浅瀬を教えられたからで、その時盛綱は口封じのために男を殺していたのであった。老女が男の母だったと知った盛綱は、遺族の扶養を約束して老女を自宅へ帰し、男を弔うこととする。法要を行っていると男の霊(後シテ)が現れ、恨みを晴らそうとするが、仏法の力によって成仏する。 」

元々の題材は平家物語からで、平家物語では盛綱の手柄話であったものが、能では殺された漁師及びその母親の視点で書かれている。

封建時代にあって、戦の犠牲者の立場で書かれたこの「藤戸」のような作品は珍しく、最近では反戦の劇とも言われている。

能の「藤戸」では殺された漁師の怨霊は供養によって成仏し、めでたしめでたし、一件落着となるのであるが・・・・・・・・

今回は更に李麗仙さんがアレンジして最後が異なったストーリーとなっている。

殺された漁師の怨霊が供養によって成仏し、めでたしめでたし、一件落着、では結局は戦による少数の犠牲者は仕方がなかったのだ・・・・・というある意味で戦争肯定のお話になりかねない。

今回の作品は、予期せぬ結末(あえて書かないが)によって、戦の悲惨さ・悲しさ、やりきれなさは、より一層強くなった。

悲惨さが強くなった分、戦の不条理性・理不尽さは能での作品「藤戸」より強調されて高まっていた、ともいえるだろう。

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